武士の食育

武士の食育

食育はいつから行なわれていたのでしょう。話題となった武士の食卓から紐解いた武士の食育

突然ですが、徳川歴代将軍にとって一番大事な事は、なんだったのかご存知の方はいらっしゃいますか?
それは子づくりです

家康は江戸時代から食育を行なっていた?

そして、将軍達の子供の数と寿命や病歴等を見てみると、とても健康と関連しています。
長生きした将軍を見てみると、77歳まで元気で24人の子供がいると言われている15代将軍慶喜。

続いて家康は、75歳で亡くなり、側室が19人いて19人の子供が産まれています。

11代将軍の家斉は、69歳で、16人の側室がいて、57人の子供を作っています。

その息子である徳川家慶は、29人の子供を作っています。

代では考えられない事ですが、江戸を存続する為にも子孫を繁栄させる事は重要な任務で、子供を沢山作る為には、健康な体が必要だったのです。
家康は、戦で負けない強靭な体を作る為に、暴飲暴食を慎み、養生し、毎日刀術、槍術、弓術、馬術、鉄砲、水泳など、必ず体を動かしていたそうです。

早起きをして、鷹狩りをして馬に乗って野山を駆け巡るという、現代では考えられないですが、戦に負けない為には、体力をつける事が重要と思われていたようです。

に塩に対しては、とても気遣い、大豆味噌を団子にして戦の時の保存食として持ち歩いていました。
現代では、夏バテしてしまうと塩をなめるように言われますが、家康は、その事を、この頃から分かっていたようです。

塩分が無くなると、体内のナトリウム、カリウム、クローム等の電解質がアンバランスになり意欲が失せる、ぼーっとするからとにかく塩分を持ち歩いていたのです。

将軍達を見ていると時代によってとても分かる事があります。

江戸中期から、玄米が白米になり、それの頃から様々な疾患が増えているという事です。

脚気や熱中症といった疾患が増え、命を落としている人も増えています。これは、栄養不足に陥っているからだと言われています。

そして精神疾患も増えてきています。

栄養素が精神疾患に非常に関連している事も歴史の中で見て取る事ができます。

これは、とても大事な部分だと思います。

海外からの知識も入り、東洋医学と西洋医学が日本に入ってくるようになると、塩分を控える武将も増えました。

歴史の中でみえてくるものは、何を食し、どういう病気が増えてきたかとも言えると思います。

総合栄養食とも言われる玄米を食べていた将軍と、白米になって消化は良くなるが、栄養が足りない事によって引き起こされてきた疾患。現代人に体を張って教えてくれているとも思われます。

ただ、玄米を食べればすべて良しという訳ではありませんので、今後の記事にてまたご紹介します。

around40_logo@32 食育は大人のためにある

食育基本法が2005年に制定されたのは冒頭でもお伝えしましたが、2014年になってもその存在はなかなか浸透してないように思います。

どうやら2002年より多発した産地偽装などを受けての制定だったことから、各家庭レベルで行なわれる理想の食育の浸透とはほど遠いようです。

私達が考える食育は「大人の食育」とあえてネーミングした通り、アラフォー世代を中心に適切な食文化と世界文化遺産にまでなった「本来の和食」の素晴らしさなどをお伝えしながら、まずはアラフォー世代がこの「大人の食育」を通じて、健康的で男女問わず、それぞれ「らしい美しさ」を手に入れながら、次世代に伝えられる「食育情報」を発信していければと考えています。

それでは、「大人の食育」担当、中村弥和でした。

中村弥和

中村弥和 プロフィール

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